カテゴリ:日記( 101 )

競馬ブログなのに

競馬ブログなのに亡くなった父の事ばかり書いて、もし訪れて読まれた方には申し訳ないです。でも書かずには気が治まらない心境をご理解下さい。
さっき思い出したのは父の死に顔、その表情には笑みさえ見られた。闘病生活は苦しかっただろうが、笑顔に見えるその表情には自分の人生に満足していた様にも見える見事な死に様だ。自分もこんな表情をして死にたいと思う。私の子供に見せられるだろうか?生きてきた人生よりも今から先の人生は短い、精一杯努力して行きようと思う。
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by krik1954 | 2015-02-02 21:04 | 日記 | Comments(0)

父、他界する

父は治療の甲斐無く1月30日午後7時29分永眠した。昨日の本葬まで慌しく過ぎ去り本日はなんだかポッカリ穴が空いたようだ。享年かぞえで87歳の生涯だった。死は誰にでも訪れる事だと分かってはいるが、やはり辛い物が有る。
今までアリガトウ親父。ご先祖様親父を宜しくお願いします。
わたしも何れはそちらに逝きます。
と言うことでもう暫くは競馬も休止です。
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by krik1954 | 2015-02-02 20:00 | 日記 | Comments(0)

父転院

本日は救急で運ばれた病院から専門の医者が居る病院へ転院した。容態は横ばい状態で医者が言うには心臓にも相当負担が掛かっていて肺共々依然危うい状態。医者に任せるしか無い現状では、父共々家族も俎板の上の鯉状態だ。
先週競馬に手を出したが、予想はそこそこ良かったものの的中には至らず。やはりどうも気がそぞろで集中出来ない。
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by krik1954 | 2015-01-28 20:40 | 日記 | Comments(0)

競馬はまだおあずけ

今日も仕事おわって病院へ。
父の容態は持ち直したとは言へ、どっちへ転ぶか分からない状態。面会すると帰ると言い放つ、酸素吸入器で命を繋いでいるのが分からないのか?手を見ると拘束されている、どうもチューブ等を勝手に外したようだ。夜は医者もいないので、知らないうちに外したら、そのままあの世逝き。しかたがない。
まあそんなこんなで競馬はもうしばらく駄目だ。
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by krik1954 | 2015-01-23 20:44 | 日記 | Comments(0)

最善

何かしらの局面に相対したときに、心がけることは一時的な感情に任せるのではなく、自分自身の良心に向き合って行動して行きたい。
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by krik1954 | 2015-01-22 22:27 | 日記 | Comments(0)

父に奇跡?

いつあの世に逝ってもおかしくなかった父が今日はお袋に我侭を言うようになり、人工呼吸器のマスクを外そうとする。治療室もICUからHCUに替わり良くなって来ているのか?一時は虫の息だったのに。まだ油断は出来ないが光明が差して来ている感じ。でも正直素人には分からない。
全てに感謝します。
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by krik1954 | 2015-01-22 20:09 | 日記 | Comments(0)

父の容態

父の容態は悪いなりに平行線か、やや持ち直し。今の病院は父の病気の専門医がいないので来週辺り転院させた方が良いと主治医が助言。その病院に空きベットが空き次第転院する見込みだ。せめてもの親孝行の真似事で、出来るだけ顔を見せに行こう。
全てに感謝。
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by krik1954 | 2015-01-21 19:55 | 日記 | Comments(0)

さっき病院へ行ってきた。父の病態は現状維持、もっとも強い抗生物質の点滴と、顔を覆う酸素吸入で辛うじて生命を維持している状態。腹を括って医師に任せるしか無い。出来ることは会いに行く事だけだ。
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by krik1954 | 2015-01-19 16:12 | 日記 | Comments(0)

感謝

どんな時にも、たとえ何かしらの苦境に立たされたとしても感謝の想念を忘れまい。
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by krik1954 | 2015-01-18 19:39 | 日記 | Comments(0)

競馬はしばらく休みになりそうだ

昨年12月から腰が痛いと寝込んでいた父が、15日朝4時半急に容態が悪くなり救急車で病院に搬送された。原因は間質性肺炎、レントゲンを見ると肺が真っ白で、今はICUで高度治療を受けている。医者の見立てでは治る確率は10%以下、ほぼ駄目と言う事らしい。病院嫌いで頑なに行かなったのが残念無念、自分もまさか肺炎とは考えもつかず、好きにさせていたのが悔やまれる。覆水盆に帰らずでは有るが、何故強引ににでも連れて行かなかったのか、苦慮は尽きない。かっては伐採した材木が転がり下敷きになり、又有る時はずり落ちて来たユンボに背中からブチ当てられても蘇った父。そして胃がんにも侵されても蘇った父。死の崖っぷちに立たされて蘇る可能性が例え1%でも復活を信じるしかない。今考えることは、俺は充分に親孝行したのだろうか?一応同居して孫3人儲けて、その点では少し孝行したかなとは思うが、ここ数日過去父との遣り取りが走馬灯のように頭を駆け巡っている。父の歳も85歳、苦しんでいる姿を見ると頑張れ親父と言う気持ちと、胸が張り裂けそうな、どう表現したら良いか分からない。
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by krik1954 | 2015-01-17 22:27 | 日記 | Comments(0)